伏線がつくる親密感

「アパートの鍵貸します」を見た。さすがにいい映画だった。出来事が伏線として回収されないという意味でリアリティあるロビンソン・クルーソーの話(回収しない物語)とは正反対で、よくできた物語だった。

物語が進むにつれて、主人公のバドがよく知っている友達であるかのように感じた。秘密というか経験を共有している感じなのだ。ネタバレになるので詳しくは書かないけれど、初めに貸すのを渋るときの理由が物語急展開の布石になっているし、台所にあるテニスラケットが2度目に登場するときには、それを見つめるバドの気持ちが痛いほど伝わってくる。やたらと数字を挙げるところがバドらしいよなと思ってみたりもする。

現実でも共有する経験が多い相手ほど、親密に感じている。「去る者は日々に疎し」になるのは、共有する時間がそれ以上蓄積されていかないからなのだろう。

鍵を貸すのをためらいつつもやめられず、煮えきらないバド。友達として見ていて焦れてくるが、最後の決断に拍手を送りたくなる。やっぱりバドならそうすると思ったよと。

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